人を疑ってしまう心は、弱さではなく「記憶」

人を疑ってしまう自分に、

嫌気がさすことはありませんか。

 

「もっと素直に信じられたら楽なのに」

「どうして私は、こんなに構えてしまうんだろう」

そんなふうに、自分を責めてしまう人もいるかもしれません。

 

でも、人を疑ってしまう心は、

性格の問題でも、心の弱さでもありません。

 

それはきっと、

これまでの経験の中で、

あなたの心が“覚えてきたこと”なのだと思います。

 

傷ついたこと。

裏切られたと感じたこと。

信じたのに、悲しかった記憶。

 

そうしたひとつひとつが、

「もう同じ思いをしないように」と、

心に静かに刻まれていった。

 

疑う心は、

あなたを守るために、

ちゃんと働いてきた心なのです。

 

だから、

「信じられない自分」を責めなくていい。

 

無理に、

前向きにならなくてもいいし、

急いで誰かを信じなくてもいい。

 

今のあなたの心は、

“今のあなたにとって必要なかたち”で

そこに在るだけなのだから。

 

それでも、

人と関わりたいと思う気持ちが

どこかに残っているなら。

 

それは、

あなたの中にまだ

「誰かと繋がりたい心」が

ちゃんと生きているということです。

 

すべてを信じなくてもいい。

すべてを閉ざさなくてもいい。

 

ほんの少し、

「今日はここまでなら大丈夫」

そんな距離感で、

人と関わっていけばいいのだと思います。

 

疑いながらでも、

怖がりながらでも、

それでも誰かと向き合おうとする心は、

とても誠実で、やさしいものです。

 

信じられない自分も、

疑ってしまう心も、

それでも誰かと繋がりたいと願う気持ちも。

 

どれも、

あなたの大切な一部です。

 

無理に変えなくていい。

ただ、

そんな自分を

そっと認めてあげられたら。

 

それだけで、

心は少し、

静かにほどけていくのだと思います。